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59歳になった

もう60歳直前かと思うと、いろいろと感慨深いものがあるけど、なにしろここ数年、コロナ禍のお陰で環境が大きく変わってしまたので、今年の誕生日はそのあたりをまとめておこうと思う。

退職から開業

昨年2022年11月、長年勤務してきた会社を退職しました。海外との人流の一端を担う外資系航空会社だった。空港という日常から少し離れた職場で毎日楽しく働いていたけれど、2019年のコロナ禍で状況は一変。航空便はほとんど飛ばなくなり、職員は自宅待機と在宅勤務を2年以上余儀なくされてきた。ある程度の給与は保証されていたものの、ほぼ毎日やることのない。
60歳を目前にして先の見えないコロナ禍。生来せっかちで貧乏性な私は、定年後の生き方について考えるようになった。

自分の強みはなにか、これから何がしたいのか、何ができるのか。
外資系航空会社で働く前には、新卒で英字新聞社に勤務していたこともあり、文章を書くことは得意だし好きだった。航空会社勤務中も単発の副業としてライティングをしてきていたこともあり、初めは思いつくままに応募して、書く仕事を中心に始めた。ライターの仕事でそれなりの収入が得られることはわかった。

WEBに記事がのるようになると、WEBページそのものから作りたくなった。毎日有り余るほどの時間があるのを良いことに、WEB制作スキルを身につけていった。次第にWEB制作でもある程度の収入が見込めるようになった。

そうしているうちに、2022年になった。この年の初めはまだコロナ禍が収束する見込みはなかった。私も57歳になっていた。しかし夏前ににはコロナ対応の風向きが変わり、日本も海外との人流を再開する流れとなってきた。

また毎日のように出社する日々が戻ってくる。収入も戻るだろうけど、ここまで2年かけて構築してきたWEBライティングとWEB制作のスキルを活かす機会は極端に減り、錆びついていくだろう。60歳の定年後、再びそのスキルを取り戻せるのか?コロナ禍がまた息を吹き返すかもしれないし、定年後のことを考えたら、今生き方を変える時なのではないか。

家族にも相談したが、あまり色よい返事はなかった。それでも結局退職したのは、「やりたいことやっておかないと後悔する」という気持ちだった。

昨年11月には開業届を出し、あっという間に半年以上が過ぎた。個人事業主、フリーランスの行き方はまだ手探なことも多い。サラリーマンと違ってすべての責任は自分で背負う緊張感。来月の収入が読み切れない不安感。しかし、スキルを身に着けていけば、仕事としてできることが増えていく楽しみは何事にも代えがたい。この刺激的な毎日を、思いっきり楽しんでいきたい。

介護のこと

実は退職を決意した理由はもう一つある。両親の介護だ。

二世帯住宅の下の階には、92歳になる父と89歳になる母がいる。
母はこの20年、体のあちこちに不具合が出て手術も重なり、今では肺も横隔膜も弱く、機器を使って酸素を取り込み二酸化炭素を排出しないと呼吸が弱い。長いこと病気一つしてこなかった父も、このコロナ期間中に少し高いところから落下し、足首を骨折して入院。いまも後遺症が残る。

この二人の最晩年は自分が面倒を見ると決めて二世帯住宅に住むことを決めたのだ。いつかは会社勤めより優先する時が来るだろうとは思っていた。今の両親を見ていると、WEBの仕事である程度の収入が見込めるようになった今こそが、会社の辞め時だったのだ。

最近では生活のリムズもでき、朝3時半に起きて9時には寝ている。会社や複雑な人間関係のストレスがなくなったからか、20年以上悩まされてきた逆流性食道炎の症状もいつの間にかなくなっている。

私もすでに若い年齢ではない。毎日毎日を大切にしながら、生きていこうと思っている。