雑談

母の生前整理

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「祐子ちゃん(妻)のお母さんのときは、洋服の遺品が大量で整理が大変だったんだ」

この私が言ったなにげない一言を、母は気に留めていたようだった。
先日「生きているうちに洋服を整理したいから手伝ってほしい」と話してきた。

母は昭和9年生まれ、来年で90歳。これまでに心臓と肺の手術を経験し、横隔膜も弱っていて二酸化炭素を肺から出す医療機器に、毎日お世話になっている。
父も93歳となり、いろいろ不安要素も増えてきたこともあり、今の私のポジションは息子というより、両親の介護&見守り担当だ。

高齢者の不安の一つは「自分がどこまで生きるのか」という事だと思うのだけど、母ももう何年も「早く死にたい」とつぶやいている。
子供から見ても幸せな人生だったはずの母でも、高齢になるとそんな気持ちになるのかと、ちょっと考えさせられることがある。

そう思うと、冒頭の妻の母親の遺品整理の話は、迂闊だったと反省している。

先週から、母の部屋の洋服の整理が始まった。
物持ちの良い母のクローゼットには、私が子供の頃から見覚えのある服ばかりが並んでいる。
なかには、50年近く前に小学生だった私の授業参観に着て来た服もある。
ひとつづつ、母はクローゼットから取り出し、捨てるか残すかを逡巡する。

自称ミニマリストの私は、「去年着なかったのなら捨てちゃえば」と言い出しそうになるけど、一着一着にいろいろな思い出を思い返している母を見ると、さすがにそれは言えなかった。

母の人生でもっとも楽しかった時期は、私たち子供の子育てを終え、フラダンスのインストラクターをしていた時期だったのだろう。
朝日カルチャーや公民館などで毎日のようにフラダンスを教え、年に一度かならずハワイでおこなわれるハワイアンの祭典「メリーモナーク」に行っていたころだ。

母のクローゼットには、ハワイ柄のTシャツやアロハシャツ、フラダンスの衣装などがあった。
「どうする?」と聞く私に、母は答えを詰まらせる。
「捨てたくない、でも整理するなら捨てなきゃ、もう着ることはないんだから」
きっとそんな気持ちだったのだろう。
私もそんな気持ちがわかったので、答えを急かすこともできず、おたがい黙ってしまう時間ができた。

「悩むのなら取っておこうか」
整理を始めたときから用意していたこのセリフを言おうとしたその時、母は
「よし捨てよう」
と言った。

人生のもっとも楽しかった時期の思い出。
生前整理とは、そんなものまでも捨てる作業ではないのではないか?
そう思いながら「いいの?後悔しない?」と念を押す。
母は、「着ることはないから」と言いながら、次のハンガーに手をかけていた。